苦難の日本メーカーがAppleや中国メーカーに打ち勝つ為の最後の戦略

日本大手電機メーカーは冬の時代が続いている。
2013年9月期決算では大手電機8社のうち黒字は3社のみ、その3社も営業利益10パーセントには遠く及ばない。
電機大手8社の4~9月期、回復まだら模様 事業再編進行で差 :業績ニュース :企業 :マーケット :日本経済新聞

日銀の異次元金融緩和により、この1年間の日本円は実質為替レートでバブル期、1984年レベルの円安になったにも関わらずである。
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出典:BIS effective exchange rate indices

これは、大手電機メーカーの収益力が過去と比べて相対的に落ちていることを示している。なぜ、収益力が落ちたのか。

一番の理由は、「安く高品質なものを作る」という日本メーカーが得意としてきた立ち位置が、中国メーカーの品質向上により失われたからだ。今考えると、90年代以降中国にあれだけ大量に工場を作り現地の中国人に丁寧に技術を教え込めば、ハングリーで器用な彼らが日本並みの製品を作るようになるのは当然に思えるが、中国人の20人件費が日本人1人より安いという驚異的な数字の前には各社競って海外進出するしかなかったのだろう。日本メーカーの役員たちは90年代、高付加価値製品を作って中国製品に対して差別化すれば消費者は買ってくれると口を揃えていたが、それは実現しなかった。殆どの消費者にとって、必要なスペックを満たした家電はコモディティー化してしまった。

一方で、よく引き合いに出されるAppleは、日本メーカーと違う道を見つけ、今も高い利益を上げている。Appleは、まだ市場が形成されていない分野に”最高の製品”を投入し、新たな市場を創出することを得意とする。彼らは技術や市場でなく人間に対する観察、洞察から潜在ニーズを見つけ出し、それを絶妙なバランスの設計で製品化する。例えば、故Steve Jobsはインタビューでこのように語っている。

ジョブズ、タブレットの将来を語る:最低でも10型必要、7型はすでに死んでいる - Engadget Japanese

iPhone / iPadの展望について。Macでは高いマーケットシェアが目標ではないと語っていたが、iPodでは圧倒的だった。iPhoneiPodのようになるのか? 一方で、ノキアのようになることは望んでいない、良い携帯を作りたいだけとも言う。どう考えればよいのか。
ジョブズ:まず、ノキアは50ドルの携帯も売っている。われわれはまだ50ドルで作るやりかたが分かるほど賢くはない。分かったらお伝えする。われわれの目標は、すべての分野で最高の製品を作りつつ、同時にコストを下げてゆくこと。iPodではそれを実行した。競合を退けることができたのは、容赦ない改善とより低い価格のため。携帯電話でのシェアは非常に低く全体からみれば1桁である一方、iPadについては先行したために高いシェアになっている。しかし、われわれがこの状態を目指したわけではない。

Appleは、最高のものを作ることを最優先としている。その上でできるだけ安く作る努力を続けている。日本メーカーの、まず消費者が出せる価格を設定(しかも徐々に下がる前提)し、その範囲で製品を設計する考え方とは逆だ。では、日本企業もAppleと同じことをすれば、利益率が改善するのではないか。もちろん日本企業はAppleを目指している。しかしたどり着けないのだ。その理由について考えてみる。

私はメーカーの新規事業開発に関わったことがあるが、そのとき役員クラスのボスから受けた唯一のオーダーは、こんな感じだった。
”若い自由な発想で、誰も思いついたことのない新規事業のタネを見つけてくれ。ただし、うちの事業部の技術を使って。”
日本企業の問題はここにあると思う。すなわち、自信の強みである、独自の高い技術に縛られてしまうことだ。Apple式イノベーションは、必ず人間を中心に始まる。彼らは、人の暮らしに新しい価値を提供するために何が必要かをまず考え、次にそのために必要なシステム、機能を考え、最後に実現に必要な技術を調達する。上記オーダーのように初期のコンセプト発想段階に自社保有技術が絡むことはない。日本のメーカーは依然として、それなりに独自だったり高い技術を持っている。そのため事業戦略には、強みである技術力を生かし、また高めることが必ず含まれる。するとそれは無言の圧力として全ての事業部の意思決定に影響し、前記事業部長のオーダーのように自由な発想を縛ってしまう。日本のメーカーは、彼らが持つ高度な技術群のために、それが強みであるために、Appleのような方法ではイノベーションを生み出せないのだ。

ではどうすればいいのか。
1つめの戦略は、Appleの戦略をより本気で採用することだ。自社からの干渉・影響を受けない完全な別組織を作り、そこでAppleと全く同じ方向の、人間を中心としたイノベーションを追求する。別組織を作ると言う方法は、破壊的イノベーションを起こすためにイノベーションのジレンマでクリステンセンが推奨している方法でもあるが、目的は同じことだ。しかし組織を組み替えるだけで、今の人材が Appleレベルの”最高の製品”を生み出すことができるかは未知数だ。また、自社から影響を受けない組織では、逆に自社の既存の強みが全く生かせないことになる。更に言うと、今まで自社で保有している膨大な人的、技術的リソースはいったいどう処理すればいいのか。

そこで2つめの戦略を提案する。
2つめの戦略は、自社の技術をもっと高く売ることだ。現在のApple式のイノベーションは近い将来他社も学習し、一般化するだろう。大部分の会社が人間を中心に製品コンセプトを発想し、実現に必要な技術だけを開発、買収するようになる。その時、一見需要がない基礎寄りの技術開発が減少するだろう。すると需給バランスの変化により技術調達コストは上昇する。それは技術開発を中心に行う日本メーカーにとってチャンスとなる。そのチャンスを今から狙い、技術を高く売るための準備をしておく戦略だ。具体的には、以下の方策を検討する。まず技術のポートフォリオを公開し、検索性を高め、他社が保有技術概要にアクセスしやすくする。次に技術の販売、特許ライセンス契約のための枠組み作成を推進し、かつ供与範囲外の技術漏洩防止法確立に本格的に取り組む。そして技術開発の方向性も変える。1~2年先の短期の技術開発を中止し、5~10年先の中期的に爆発的に伸びる可能性を秘めた分野・市場に向けた技術開発のみを行う。この戦略により、Apple式イノベーションを他社が採用すればするほど利益を伸ばすことができるはずだ。

・・・・・・たぶん。


上記第二の戦略には以下のような不安点がある。
・他社がほしがる技術を一定の割合で見つけられるか?
・自社の事業に結びつかない技術開発を、今のメーカーは本気で行えるか
困難が予想されるが、とりあえず思考の記録として残しておく。


参考図書

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard business school press)

ある市場において優秀な企業ほど、優秀であるが故に、破壊的イノベーションにより崩れてしまうという一見逆説的な内容を具体的で詳細な事例を元に解説した本。


Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

Appleの強みをSimpleと言う観点から説いた本。これを読むとApple、というかJobsの物作りの模倣が容易でないことを思い知らされる。