日本は生き残る。複雑さに打ち勝てば。......誰も真似できないジョブズ流組織改革のやりかた。【書評】Think Simple

アップルは何度も、イノベーションにより既存のカテゴリをひっくり返した。それはアップルが世に出す技術はどれも「全く驚きで、驚くほど簡単」だったからだ。 明快さ、シンプルの魅力は人の心を動かし、顧客や自分の周りの人を変えることができる。シンプルにすれば、どんなことだってずっと良くなる。ただし、冷酷なまでに妥協のない完全なシンプルが絶対条件だ。

スティーブ・ジョブズと長期にわたって仕事をしてきたケン・シーガルによる『Think Simple』は、Appleジョブズがどういう組織にしたか、そしてなぜイノベーションを連発できたかを、シンプルという一貫したテーマだけで余すところなく説明している。

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

シンプルに対する冷酷なまでの熱狂

Appleは、他社と決定的に異なる、"シンプルに対する熱狂"を持っている。Appleというかジョブズは、社内で完全なシンプルを追求するために決して容赦をしない。 例えば、「第2章 Think Small 少人数で取り組む」にはこんな例がある。会議の始まる前の穏やかな雰囲気の部屋に、同じくにこやかにジョブズが入室した際の出来事だ。

 彼は固まった。その目は部屋で唯一場違いなものにくぎ付けになっていた。ロリーだ。彼はロリーを指さして尋ねた。「君は誰だ?」

 ロリーはそのように問いかけられたことに驚いたが、穏やかに説明した。今回、議論する予定のマーケティング・プロジェクトにかかわっているので、参加するように言われました。スティーブはそれを聞き、情報を処理した。そして、シンプルの杖をふるった。

「この会議に君は必要ない、ロリー、ご苦労さま」。そして、スティーブは何もなかったかのように、まるでロリーが最初から存在していないかのように最新情報を話しはじめた。

 会議が始まり、スティーブがその場にふさわしいと思った八人ほどのメンバーの前で、かわいそうなロリーは資料をまとめて椅子から立ちあがり、ドアまでの長い距離を歩くことになった。

 彼女の罪は、その場に必要のない人間だったことだ

このような例が本書にはいくつも収録されている。この一面からジョブズは冷酷な暴君と呼ばれることがある。しかし「この会議に君は必要ない」という言葉がキーになっているように、人格を否定したわけではない。彼女は会議において不要という意味であり、悪意はない。ジョブズは会議をシンプルにすることを気配りより優先しただけであり、それは以下の考え方に基づいている。

 プロジェクトに多くの人間を参加させたほうがよい結果が出ると言うことは、基本的に、スタート時のメンバーでは自信が持てないという意味だ。保険をかけるという理由づけもやはり、同じ意味だ。どんな理由を挙げるにせよ結局は、プロジェクトの遂行に適当な人を集められなかったことになる。正すべきはそこだ。もっとも有能な人を集められれば、小さなグループのほうが自信を持って運営できるはずだ。

この例のようにジョブズは、社内のあらゆることについて、複雑さを排除するという信念を最優先に物事を進めた。それはAppleの製品をわかりやすく魅力的にし、顧客にも魅力をわかりやすく伝えることができた。また組織としても、リーダーシップ、ビジョン、才能、想像力、全てを高めるのができたのは、シンプルさを勝ち取れたからだ。

というのがこの本の内容。

シンプルを目指すために欠かせない"要素"

そんなこの本で私の脳に一番引っかかった考え方は、以下の2つの段落の内容だ。

ある問題を解決しようとして、最初に考えだした解決策がとても複雑だったとしよう。ほとんどの人はそこで考えるのをやめてしまう。だが、そこでやめずに考えつづけて、タマネギの皮をむくようにムダなものをそぎ落としていくと、とても洗練されたシンプルな解決策にたどり着くことがよくある。  スティーブはわずか数語で、アップルと他の多くの企業との違いを見事に要約してみせた。アップルではひとつの解決策を考えだすことは、終わりよりも始まりを意味するのだ。複雑さの皮をむいていくことで、アップルは「魔法」を作りだせるようになる。

シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしい。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。 だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。 ――スティーブ・ジョブズ

シンプルさを得るためには、「やめずに考え続けて」、「懸命に努力して思考を明瞭にしなければいけない」。

・・・・・・これって、誰にでもできることなんだろうか。

実はこの本には、複雑さに見事に打ち勝ちシンプルを手にしたAppleの武勇伝だけでなく、インテル、デル、IBMなど蒼々たる大企業のプロジェクトが徐々に複雑さに浸食され敗北する様子が、実際に各企業でマーケティングを担当してきた著者によって内面から描かれている。この内容は非常に興味深い。でも我に返って、Appleとその他の各社の本当の違いを考えると、シンプルさの奥にある更に重要な要素に気づいた。

もしかして、重要なのはIQだったりして。

本の中で繰り返し書かれているのは、「考え抜くこと」「複雑さと戦うこと」だ。 本来複雑なものをシンプルにするためには、複雑なものを明確に理解しなくてはいけない。AppleにはiPodから始まりItunesMusicStoreによる音楽配信iPhoneiPadによるアプリのエコシステムとMacとのシームレスな連携、各種コンテンツの配信といった広大なサービス群がある。しかも、それらは毎年追加されている。どうやればこれをシンプルに維持できるのか。まず自社と顧客について正確に把握する。顧客が求めているものが何で、それはどういうプラットフォーム、エコシステムで実現することができて、プラットフォーム内の各モジュールはどのように連携するのか。そしてそれはどのような手順とリソースで実現できるのか。広大なシステムの全体最適を考えながら各モジュールを矛盾なく作り込まないといけない。

これって、考え抜くだけで誰でもできることだろうか。 ジョブズは無能な人間と話すのを嫌い、簡単に人を解雇したことでも知られる。ジョブズ本人も頭の回転が速いことで有名だ。すると、Appleは高IQの集団となっており、シンプルに対する熱狂は、より深いところでこのIQに支えられていたのではないだろうか。そう考えると、この本の内容は凡人にはまねのできないことになり、ちょっとした壁と絶望感を感じてしまう。

私にもできること

でも・・・世の中にはシンプルにしやすいこともある。もともとそんなに複雑でないこと、理解しやすいことでも、なぜか複雑になっていることはある。そういうものを明確に理解し、解きほぐし、シンプルに組み替えていく。みんなが少しずつそれを進めていけば、日本のメーカーも、世界全体も良くなっていくのかも知れない。

どこまでも考え抜き、シンプルさを目指す。

そして無理をせずまずは身近なものから徹底的にシンプルにしていく。

去年読んだ本の中で一番自分の思考を変えた本だった。

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

Introduction シンプルの杖

第01章 Think Brutal 容赦なく伝える

第02章 Think Small 少人数で取り組む

第03章 Think Minimal ミニマルに徹する

第04章 Think Motion 動かし続 ける

第05章 Think Iconic イメージを利用する

第06章 Think Phrasal フレーズを決める

第07章 Think Casual カジュアルに話し合う

第08章 Think Human 人間を中心にする

第09章 Think Skeptic 不可能 を疑う

第10章 Think War 戦いを挑む

Conclusion Think Different