「感謝」じゃ絶対勝てない。駅伝に見るスポーツ報道の感情偏重とその弊害。

photo by Marcos Vasconcelos Photography

毎年、駅伝中継では「皆のために」「仲間への感謝」が連呼される。まるで感謝の気持ちのおかげで強くなれたかのように。しかし私はその考えが好きではない。

駅伝に限らず日本の学生スポーツでは、チームや仲間への感謝の気持ちがあるからがんばれた、というような、気持ちを前面に押し出したスポーツ中継を行う。例えば、"レギュラーになれなかった4年生の気持ちを胸に"、"練習コースの落ち葉を拾った控えメンバーの為に"、"亡くなった母へ勝利を捧げるために"といったように。仲間を思う強い心が勝利に繋がったと言う日本人好みの美談が紹介される。 しかし彼らが勝利を手にするのはその"感謝"の気持ちのおかげではない。もちろん、仲間への思いやりや感謝の気持ちを持つことは人として大切だ。そしてスポーツにおいて協力者に感謝の気持ちを伝えるには勝つのが一番だろう。しかし、勝負で勝つために必要なのは感謝の気持ちでなく、別のものだ。

一流アスリートはその他大勢より感謝の心を強く持っている?

一流アスリート達は、他の選手より感謝の気持ちや周囲への思いやりが強いだろうか。野球のイチロー、松井、清原、サッカーの中田や本田のような選手は、特別そのような傾向があるようには思えない。私が実際にあってきたアスリートもそうだ。強い選手に共通するのは思いやりや感謝の気持ちが強いことでなく、"負けず嫌い"、"積極性"、"自分を追い込める"、というような性格だった。

スポーツで強くなるために"感謝"は重要でない

スポーツで強くなるためには、一般的に次の2つが必要だ。

  1. 無駄のない効率的な動きを体に刷り込み、本番で発揮できるようにすること
  2. 体の必要部位を強化すること

これらの要素を獲得するためのトレーニング中は、トレーニングそれ自体への集中が求められる。体のどの部位がどう動いているのかを感じ、考え、動きの微調整を繰り返す。そして見つけた一連の動きの流れを、どんなに苦しくても再現できるように時に過酷な条件で体に刷り込む。このトレーニングにおいて、他者への感謝などトレーニングへの集中を乱す気持ちは邪魔になる。

気持ちに関係する方法論というと、メンタルトレーニングの考え方はある。しかしそれは何らかの感情を昂ぶらせて競技に利用するものではなく、むしろ逆にどのような場面でもトレーニングと同じ心の状態を得るための方法論だ。仲間への思いやりや感謝の気持ちによる感情の昂ぶりは、瞬間の集中力が必要とされない種目で、かつ最後の1秒差を競り合うような場面では効くかもしれないが、それ以外は体力配分のミスを誘うだけだ。どのような場面でも、選手は競技やトレーニングそのものに完全に集中しなくてはいけない。

感動偏重のスポーツ報道の問題点と、本当に必要な考え方

結局、何らかの感情をどんなに強めても弱い選手は負ける。勝つためには正しいトレーニングを行う必要がある。なのに学生スポーツ報道では、聴衆を引きつけるために"感情が勝利に繋がる"と読み取れる表現を多用する。これで学生アスリート達が道を見誤るのではないだろうか。

というか昔の私がまさにそうだった。熱心に指導をしてくれる先輩や、無条件で活動資金を寄付してくれるOBの為に勝利を得ようと毎日練習に打ち込んだ。練習前、練習中に感情を昂ぶらせて、自分を限界まで追い込んだ。しかしいつまでたっても成果は出なかった。OBや先輩に対する罪悪感だけが募り、焦っても勝てない悪循環が続いた。

しかしある時期に指導者が替わり、指導法も変わった時から、成績が大きく向上した。彼は私の苦手な動きを見抜き、そこを改良するトレーニングを提案した。そのトレーニングは成功し、成績が向上した。その課程で私は競技で行う一連の動作それ自体に快感を見いだし、動きをもっと上達させたいという単純なモチベーションが生じた。それ以降はトレーニングが苦しいながらも楽しくて仕方なくなり、結果的に全国大会で上位の成績を残せるまで成長した。

なので、各スポーツの報道でももう少し、どんな思想の下に、具体的にどのようなトレーニングで強くなれたか、そういう、本当にアスリート育成に役立つ解説をしてもらえればと願っている。

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